黒人が大統領になることのすごさ。

ぎっくり腰三日目。
なんと、コルセットと痛み止め湿布と鎮痛剤でみるみる回復し、今日は普通に生活できそう?
寝ながらズボンをはくのに、腰をこぉんなに浮かせられるぞ~って見せたら、パパに悲鳴をあげられて、もう少し安静でいてくれと頼まれました(苦笑)
そうよね、鎮痛剤のおかげかも。癖になるっていうから大事をとって今日も寝てます。
一昨日の夜、昨日は朝から三食作ってくれたパパは、ご飯作って食後に洗い物済ませ、買い物に行く合間に、くうまに付き合ったり色々し、今朝も朝食を作り、お昼ご飯なにしようか・・・と溜息をついてたので、お昼はくうまとラーメンでも食べに行っといで~とお許しを出したのでした。
食卓に座ってご飯食べられるようになったら、「そこに座ってるとうれしい」とくうまに言われ、「なんか大きくなった気がする。存在が大きいんだな」とパパに言われました(喜)
たまにはこういうことがあると感謝されていいなぁ。
いや、動けないんだからちっとも良くないや。
早く復活したいっす。


オバマさんが大統領になるかどうか白熱していたあの日。
我が家でもかなり盛り上がってました。
奴隷解放宣言をしたリンカーンだって驚いたに違いない。
ベルリンの壁だって壊されたのだもんね。時代は変わるんだなあ。
子供の頃テレビ放映された「ルーツ」を見て、わからないながら衝撃を受け、なにかしら「奴隷」という存在を知った私ですが、その後映画「ミシシッピー・バーニング」でさらに衝撃を受け、K.K.K. の存在を知りました。
根強い人種差別意識。怯える人々と殺戮を繰り返す人々。
南部を旅した時、バスの中でさえ黒人は黒人と座り、白人は白人と座り、縞々の中で私の横に座る人はいなかったあの国で、皆がオバマ氏に票を入れたというのは、どれほどすごいことかと思う。

くうまだけがその熱気に乗り切れていませんでした。当然ですが。
アフリカから奴隷として連れて来られた彼らが人間としての権利を認められ、そして今に至るまでになったことを説明したものの。
「えーーーーーっ」と絶句してたけど、どこまで理解できてるかな・・・。

とりあえず、彼の勝利スピーチに、感涙してましたが。


数日後。
「誰かの手下にされちゃったら、どうするかってことをM君と考えてたの」
と話を切り出したくうまに、誰の手下だって?と尋ねたら。
「奴隷だったのに、がんばってアメリカの大統領になったオバマさんの話をしてたのっ」と。

やっぱり、全然わかってなかったのねぇ。。。
オバマさんはアフリカ人のお父さん、アメリカ人のお母さんのハーフだし。

まず、年月という感覚がわからないのですよね。
やっと、江戸時代に着物着てマゲしてたのに、今洋服を着てる私たちの間には、長い年月が流れてることがわかるようになってきましたが。
やっと空ではなく時計を見て時間を考えるようになったんだものねぇ。

とはいえ、「エジソン」の伝記なんか読んでると、たった一人の人間が時代を変えてしまう例もあり。それを本で追体験しちゃったりすると、「一人の人の功績」なのか「多くの人の功績」なのか、ますます混乱するのかも。

年月の重みを実感するのは、やっぱり自分がある程度生きないと無理なことでしょうね。


だけれど、「人種差別」に関してだけは、くうまはよくわかるのです。
知らない人間に「チーノ!(中国人)」と小突かれたり、言われもなくカバンを蹴られる体験を彼はしてる。
その時の憤りや悲しみは、簡単に忘れられるものではないのです。
スペインで生まれ育ち、日本ではできない貴重な体験をしたとすれば、こういうことだと思う。
身近にいた黒人の友人が「ネグロ!(黒)」と差別された時、どう反論してたか。
自分が「チーノ!」と嫌がらせをされた時どんな気持ちになったか。
言葉では説明できないそんな感情を、くうまはもう知っている。
それが普通だった7年間から、日本に戻ったら、もう差別をされない日常があって。
もちろん、社会全体ではなく、スペインにおける一部の人々のお話ではありますが。
ある人は差別をしないのに、ある人は差別をするのはなぜか。
スペインにいた時には自分だけがどうして「チーノ」と呼ばれるのか理解できなかったことや、呼んでいた子供についてを改めて考える機会となり。
自分の誇れるものがない時、人を貶めて優越に浸りたいから差別をすることに、今回気がつくことができたようです。
黒人達の大変さを、くうまの経験した人種差別に例えた時、それを乗り越えるための努力がどれほどエネルギーのいることだったか。
少しでも実感してくれたらと思う。



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by africajp | 2008-11-09 13:25 | くーまの頭の中

スペインから引っ越してきました。


by africajp